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Kanimamanの元気人対談


今回のお客様は、バレリーナの吉田都さん
「日々のちょっとした幸せをエネルギーに替える生き方」
こんにちは、蟹瀬令子です。
今回のお客様は、バレリーナの吉田都さんです。都さんは、1988年から2010年までの22年間にわたって、サドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)、そして英国ロイヤル・バレエ団という、英国の2つのバレエ団で最高位のプリンシパルを務め、現在はフリーランスとしてご活躍です。 バレエの世界で頂点を極めた一人の女性が、これからどういう道を進もうとしているのか、伺いたいと思います。
バレリーナ
吉田 都さん(よしだ みやこ)
東京都出身。1983年ローザンヌ国際バレエコンクールでローザンヌ賞受賞。英国ロイヤル・バレエスクールに留学後、84年サドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団 (現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)に入団。88年に最高位のプリンシパルに昇格。95年英国ロイヤル・バレエ団へプリンシパルとして移籍。2004年バレリーナの功績とともにチャリティ活動を通しての社会貢献が認められ、「ユネスコ平和芸術家」に任命される。07年紫綬褒章受章。大英帝国勲章(OBE)受章。
確かなテクニックと音楽性、愛らしい容姿で、英国でも日本でも抜群の人気を誇る、日本が生んだ世界最高峰のバレリーナ。2010年6月に英国ロイヤル・バレエ団退団後、現在フリーランスのバレリーナとして活躍中。

1. 普通の家庭に育ったバレリーナ
蟹瀬 私が初めて「吉田都」という存在に気付いたのが、1983年にローザンヌ国際バレエコンクールでローザンヌ賞を受賞されて、英国ロイヤルバレエスクールに留学された時でした。確かイギリスの電話ボックスの前で都さんが映っている写真が、日本の雑誌に掲載されていて、直観的に「いいな!」と感じたことを覚えています。
吉田 ありがとうございます。
蟹瀬 子どもの頃のお話から伺いたいと思うのですが、どういうお子さんでいらっしゃったのですか?
吉田 外で遊んでばかりでしたね。相手も男の子ばかりでした。でも、家の中で読書をするのも好きでしたね。
蟹瀬 バレエや音楽に熱心なご家庭に育ったとか?
吉田 ピアノを弾く母の影響で、家の中ではいつも知らず知らずのうちに、クラシック音楽を聞いていましたし、私もピアノを習っていましたが、どちらかといえば、バレエには縁の遠い家庭環境だったと思います。父は公務員でしたし、母は専業主婦でした。姉が1人いますが、バレエをやったのは私だけでしたね。
蟹瀬 それなのに、なぜバレエの世界に入ろうと思ったのですか?
吉田 偶然ですね。私が幼稚園だった頃、たまたまお友達がバレエを習っていたのです。その発表会を観る機会があって、きっと綺麗な衣装を着て踊る姿に憧れたのでしょうね。とにかく、親にしつこくバレエを習いたいと言ったのを覚えています。で、小学校1年生からリトミックを習うようになったのですが、どうしてもバレエの衣装に対する憧れを捨てることが出来なくて、9歳から本格的にバレエ教室に通うようになりました。
蟹瀬 9歳というと、始めるには遅い方だと思うのですが、それでも17歳でローザンヌ賞を受賞されたわけですよね。どういう練習をなさったのですか?
吉田 小学校の学年が進むほど、練習内容はどんどん厳しくなっていきました。やはり精神的にも、身体的にも、追いついていくのが大変だったのですが、難しいステップになるほど意欲が湧いてきました。負けん気は強いのかも知れませんね。
蟹瀬 学校の勉強との両立が大変だったのではありませんか?
吉田 私はバレエで生きていくから勉強はどちらでも良い、というのではなく、受験もしましたし、試験に受かるために、電車の行き帰りに勉強したり、一夜漬けで勉強したりもしました。中学校と高校の勉強に関しては、瞬発力の勝負でしたね(笑)。とにかく勉強については、学校にいる時間中に、学べるだけ学ぶということを心がけていました。
2. 英国留学 そしてプロの世界へ
蟹瀬 それだけ厳しい練習を重ねてきたわけですが、都さんがそこまで頑張ることができたのは、何か心の支えがあったからだと思います。その支えは何だったのでしょうか。
吉田 母の存在だったと思います。といっても、最近、そう思うようになったのですけれど。正直、ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして踊っていた当時は、なかなか自分の目に見えないところでの支えには気付かなかったのですが、そこを辞めた時に周りの人々の協力というものを認識しました。
蟹瀬 特に母親は大変ですからね。
吉田 バレエの世界は、母親の気力、体力がどこまで持つかにかかっていると思います。プロになると別ですが、子どもの頃は舞台の度に、衣裳の飾り付けから髪結いまで、母親がやるわけですしね。衣装ひとつとっても、夜なべしてようやく出来たと思ってバレエの先生にそれを見せたら、「う~ん、ちょっとイメージが違うからもう一度、作りなおして」なんて言われてしまったり。それは本当に大変だったと思います。
蟹瀬 お母様の苦労がよくわかります。さて、ローザンヌ賞を受賞してイギリスに留学し、最初はサドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団に入るわけですが、プロのダンサーになった時、やはり気持ち的にも何か大きな変化のようなものはありましたか?
吉田 もともと「踊らせていただいている」という気持ちが強かったものですから、踊ることがお仕事になるということに、純粋に感動しました。もちろん、最初にプロの世界の厳しさを実感しましたが、それ以上に、踊ってお金がいただけるということに、驚きました。そういう意味では、プロのダンサーにはなったものの、最初はその意味が分かっていなかったのでしょうね。
3. 強くなければ生きていけない
蟹瀬 最初にお会いした時、確かケガをされていたかと思うのですが、そういう状況の時、プロのダンサーとしては、どういう気持ちの切り替えをしていくのですか?
吉田 そうですね。最初に、やはり自己管理が非常に大切だということが分かりました。それとともに、自分自身の考え方を改めないと、自分を守ることができないということも、実感しました。たとえば、若い頃は踊りたいという意識が先に立ちますから、たとえば同僚がケガをして出られない場合は、その役をいただくことができますし、そういうトラブルが無かったとしても、自ら率先して踊ろうとしていましたが、それをやってしまうと、仕事がどんどん増えてしまい、結局、自分がケガをすることになってしまうのです。
蟹瀬 自分の体調を考えて、必要な時は「ノー」ということも大事だと。
吉田 そうですね。でも、それがなかなか言えなくて。若いうちは、少しでも良い役をもらいたいという気持ちが強いですし、やはり好きな道ですから、どんどん踊りたいのですね。でも、公演回数は1週間で8回もありますから、自分のことを考えるのに精いっぱいのところに、他にケガをした人が出て仕事が増えてしまうと、ただでさえ余裕がないのに、さらに自分の首を絞めてしまうことになります。そのような状況で無理を重ねると、やはりどうしてもケガをしてしまいます。
蟹瀬 私が初めてお会いした時が、まさにその状況だったのですね。
吉田 あの時は確か、疲れが溜まってきているから、治療を受けようと思っていたところだったのですが、たまたま若い団員がリハーサルなどで治療が受けられないということだったので、私が入れていた予約を譲ったのです。その時、予約を譲らずに、私自身がトレーニングを受けていれば、恐らくケガをすることもなかったのではないかと、後になって後悔した覚えがあります。でも、若い人の方が長時間踊りますし、自分自身も大変だった記憶がありますから、やはり譲ってしまいますよね。
蟹瀬 プロである以上、理由がどうであれ、自分自身をケアすべきところは、誰にも譲らずにしっかり行うことが大事だという気づきにもつながったということでしょうか。
吉田 そうですね。同じ時期に、私とは逆に若い人から治療の予約を譲ってもらっているプリンシパルもいたのですね。正直、凄い人だなと思ったのですが、その人は、今の自分がどれだけ治療を必要としているかということを、周りの人にどんどんアピールするのです。それこそ周りの人が「いーよ、いーよ、譲ってあげるから」と言ってくれるまで大騒ぎするのです。だから、この人は一度もケガをせずに、ずっと活躍しているのですが、やはり一線で活躍するためには、そういう強さを持つことも必要なのだということを実感させられました。
蟹瀬 でも、なかなか日本人には無理ですよね。
吉田 難しいですね。何よりも、それだけのエネルギーを持っているということ自体が、凄いことだと思います。
4. キトリが好き
蟹瀬 都さんは、さまざまな踊りを通じて、紫綬褒章、大英帝国勲章OBE、毎日芸術賞など、さまざまな賞を受賞されているわけですが、ご自身にとっての代表作って何ですか?
吉田 苦手なものも結構ありますが、思い入れがあってよく踊ったのは、「眠れる森の美女」のオーロラ姫でしょうか。ただ、得意でよく踊ったというのではなく、実は苦手だったのです。若い頃はそんなに苦手意識はなかったのですが、やはり非常にハードな演目なので、体力的にも厳しくなりました。あとはプレッシャーですね。あの作品は、プレッシャーに打ち勝つというのがテーマになっているのではないかと思うくらいに、第1幕目の冒頭でバーンと魅せなければならないシーンがありますから、非常に精神的にも厳しいのです。
蟹瀬 身体も温まっていませんしね。
吉田 そこから次々にチャレンジしなければならないシーンが連続しますから、ますますプレッシャーが高まっていくというわけです。でも、なぜか「眠れる森の美女」には縁があって、たとえばバーミンガム・ロイヤル・バレエ団にいた時、英国ロイヤル・バレエ団のゲストとしてニューヨーク公演で踊ったり、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の最終公演の演目で踊ったり、というように、とにかくオーロラ姫を演じる機会が多かったのは事実です。
蟹瀬 吉田さんのオーロラ姫はとても優雅です。
吉田 そうでしょうか、私は必死なのですが。
蟹瀬 でも、日本のバレエ教室などでは、最初の段階でオーロラ姫を練習させますよね。それって、ちょっと問題あるような気がしますね。
吉田 それは、どうしてですか?
蟹瀬 オーロラ姫の踊りは手の動きだけでなく、足の動きも組み合わせて踊りますよね。最初からあれだけ難しい踊りをやらせてしまうと、バレエを楽しむ前に、試練、試練で嫌になってしまうのではないかと懸念します。
吉田 これは日本のバレエ教室の特徴なのかも知れませんが、とにかく最初の頃からどんどんチャレンジさせていきますよね。これがイギリスのバレエ教室だと、まずそのようなことはさせません。もっと短いソロで親しませることから始めます。だから、もっと簡単な演目から練習しても良いのではないかという気はします。
蟹瀬 都さんというと、シンデレラ、そしてロミオとジュリエットが代表作というイメージが強いと思うのですが、シンデレラとジュリエットという両極端の役を表現しきれるというのは凄いですね。シンデレラはとてもか細いお嬢様が頑張るというイメージですし、一方でジュリエットは短期間ですごく成長する少女という感じじゃないですか。でも実は、私が最も好きなのは、ドン・キホーテのキトリなのです。
吉田 私もキトリが大好きなので、うれしいです。
蟹瀬 キトリが持つ明るさとか、都さんが作らずに、地で行ける役柄のような気がします。最初に都さんが演じるキトリを観た時、とてもゾクッとしました。技術がないと、あの表現は難しいですよね。
吉田 とてもヘビーな役柄ですからね。でも、踊っていて自分自身を発散できる役柄です。
蟹瀬 キトリって、なかなか日本人では踊れない役柄じゃないですか。色っぽさも必要ですし、ラテン系のノリも必要ですし、いずれも日本人の女性がなかなか持ちえない要素ですよね。時々、都さんのキトリが観たいなと思うことがあるのですが、また演じたりはしませんか?
吉田 機会があればと思いますが、そろそろキトリを演じるのは難しいお年頃かもしれませんね(笑)。
5. 子どもたち世代に伝えていくもの
蟹瀬 2009年にロイヤル・バレエ団からの引退を発表して、活動拠点を日本に移されたわけですが、やはり活動の中身は変わってきましたか?
吉田 以前は教えるということに対して、あまり興味がありませんでしたし、取材を受けるということも、あまりしてこなかったのですが、やはり少しでも多くの方にバレエの魅力を知っていただきたいですし、公演にも来ていただきたいという気持ちはありますから、今後、どんどんチャレンジしていこうと思っています。
蟹瀬 都さんしか知らない世界というものがありますから、それを後進に伝えていくことによって、一人でも多くのバレリーナが世に出ていくといいなと思います。
吉田 やはり、ここまで来られたのは、大勢の人たちからの支えがあったからですし、その御恩に応えていく時期に来ているのかなという気がします。また子どもたちを見ていると、教えたいという気持ちにもなりますからね。リーダーシップは苦手なのですが、出来るだけ頑張って伝えていこうと思います。
蟹瀬 もうお亡くなりになられましたが、現代のドガと言われたロバート・ハインデルという画家が、都さんの絵を描かれていますよね。ハインデルという画家は、顔を描かないことで知られていたのですが、実は2人だけ、顔を描いているのです。それが、無くなられた高円宮殿下と都さんなのですよ。
吉田 えーっ?本当ですか?感動です。
蟹瀬 あの絵には、バレリーナがふと気を抜いた時の表情が上手に描かれていました。
吉田 でも正直なところ、動きも逐一、じっくり見られていましたし、あの鋭い観察眼で、自分がどのように描かれるのかと思うと怖かったです。
蟹瀬 踊っている都さんも魅力的ですが、ロバート・ハインデルという、現代のドガと称された人の眼に、吉田都というバレリーナがどのように映ったのか。都さんを知るうえで、あの絵はとても大事なものだと思います。ところで「子どものためのバレエ観賞会」を開催されますよね。反響はいかがですか?
吉田 お陰さまで、チケットも完売です。このような活動は、これからも機会を見つけてどんどん増やしていきたいと思います。やはり生の舞台というものに、子どもの頃から触れてもらいたいという気持ちがありますからね。自分が子どもだった頃の記憶をたどると、本でも何でもそうですが、直接、触れることによって感動を与えてもらったものがたくさんあります。だから、まだ心の柔らかいうちに、いろいろなものに接してもらいたい。子どものときに観るのと、大人になってから観るのとでは感じ方が違います。たとえ内容が分からなくても良いので、その場に居てもらいたいと思います。そこから何かを感じ取ってもらえれば、うれしいですね。
蟹瀬 子どもは本物を見分ける眼を持っていますからね。レナ・ジャポンでも、「さくら芸術文化応援団」という活動を行っていて、いろいろな方からの作品を毎年募集しています。そして、本物の芸術などを知っている方に審査員になっていただいているのですが、そうした方から表彰されたということが、これから生きていくうえでの支えになるのですね。心にちょっとしたメダルを持つということで、これを「メダル・イン・ハート」というのですが、レナ・ジャポンでもそれを進めつつ、若い芸術家を育てていこうと考えています。こういうスキームを築いていくと、都さんが進めている「子どものためのバレエ観賞会」も、もっと広がりが出てくるのではないでしょうか。
吉田 そうですね。大切なことだと思います。
蟹瀬 健康を維持するための工夫は?
吉田 仕事自体が身体を動かすものなので、健康な身体を維持しやすい面はあります。これはうれしいことですね。あとはジムに行ったり、ピラティスをやったり、以前は泳ぎもやりました。
蟹瀬 舞台の時は、あまり食べないのですか?
吉田 昼間に少し食べますが、基本的に夜が中心ですね。舞台が終わった後で。
蟹瀬 ドカ食いをしてしまうと(笑)。でも、ほとんど病気はされませんね。
吉田 これはもう、本当に、両親に感謝ですね。バレエ団のツアーで世界中いろんな国をまわりますが、デリケートな人だと、空気や食べ物が変わっただけでダウンしてしまう人がいるのです。でも、私は全く大丈夫。少し風邪をひくことはありますけれどもね。
蟹瀬 最後に何かメッセージをいただければと思います。
吉田 日々のちょっとしたことに幸せを感じられる自分でいたいと思います。それがエネルギーに変わっていくのではないでしょうか。日本の方は、本当にいろいろな事に興味を持たれますし、一所懸命に生きていると思います。それは、本当に素晴らしいことです。ただ、時々は少し、力を抜いても良いのかも知れませんね。
蟹瀬 肌の調子が良いだけで、その日、1日、楽しく過ごすことができるということもありますしね。本日は、ありがとうございました。
吉田 ありがとうございました。

ロバート・ハインデル
1938年米国に生まれる。
29歳で「タイム」の表紙を描く。1986年に作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーからの依頼により「キャッツ」「オペラ座の怪人」を描き世界的な名声を得る。
作品は、ロンドンの国立肖像博物館、ワシントンのスミソニアン協会をはじめ公共の美術館に収められている他、故ダイアナ妃、モナコのキャロライン王女など王室の方々や ジョージ・ルーカス、クリント・イーストウッドなどがコレクターとして名を連ねる。2003年、酒田市美術館(山形県)で展覧会を開催。2005年米国にて永眠。
享年66歳。
2006年NHK「迷宮美術館」、2009年テレビ東京「美の巨人たち」にて 紹介され話題を呼んだ。2011年12月16日~2012年1月29日の期間、長崎県美術館にて印象派のドガの作品も特別展示する ハインデルの約100点の原画で構成される展覧会の開催が 決定されている。
★公演情報★

☆英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団来日公演
「真夏の夜の夢」
 詳細へ>>>
5月17日(火)18:30 ゆうぽうとホール
5月27日(金)18:30 東京文化会館
5月29日(日)15:00 東京文化会館
お問合せ:03-3791-8888(NBSチケットセンター)

☆池袋コミュニティ・カレッジ講演会 詳細へ>>>
6月25日(土)13:00-14:00
お問合せ:03-5949-5470
(池袋コミュニティ・カレッジ)

☆東京文化会館50周年記念ガラ 出演決定 詳細へ>>>
11月5日(土)

★出版物★

☆5月18日発売
写真集「吉田 都 一瞬の永遠
~英国ロイヤルバレエ・プリンシパルのすべて~」

写真撮影:篠山 紀信
1680円(アシェット婦人画報社)

☆5月「MIYAKO レッスン」DVD/BOOK 出版

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